【学校に行きたくない】不登校が治るきっかけになった親の対応。

子ども時代を振り返る(幼児~中学生)

子ども時代を振り返ってみると、怒られた記憶がよみがえり、褒められた記憶はどこへやら?

褒められて無いのか!?または思い出せないだけか!?

そうだといい。

いたずらばっかりだったから、怒られてばっかりいた子ども時代。

あちこちに落書き、そして物を壊す、刃物を持ち出しケガをする。

習い事へ行く時間になったら隠れる。

少し大きくなったかと思ったら不登校。万引き。夜間徘徊。警察へ出頭。家出。

親はさぞかし疲れたでしょうね。(゚Д゚)<アラヤダ!

中学生時代のわたしの学力

友達と試験の点数を競うあうこともなく過ぎ去った。

テスト席次では下のほうでしたが、落ち込むことも無く平凡のぼんちゃん。

「勉強やってない」そんなに必死にならないでもいいだろう勉強なんて。

「勉強やってないから、出来ないのあたりまえ」という、なんとも絡みづらい学生だったと思われます。

勉強をしない理由として、

大人になるのが楽しみじゃないかった。だって・・・

大人:「大人になると嫌でも働くんだよ」

嫌な仕事をしないといけないんだ。

大人:「お金がない、お金がない」

勉強して学校行って、大人になってもお金ないんだ。

じゃあ勉強したところで何になるの?

そう思っていました。

学校へ行きたくない、行っても意味ない。

「働きたい。」だから「高校には行かない!」と親に反発していました。

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これまた親が厳しい

母子家庭の母親怖いです。父役でもあるのでほぼ男です。

母親にはかないません。怖いんです。

グーでパンチもキックも、物を投げられたこともあります。

仕方ないです。それだけのことをしました。

幸いにも、見捨てられなかったことで命拾いをしました。

言葉をかけるだけが全てではなかった。

そんなある日、母から「来い!」と言われ連れて行かれたの海

なになになにいいいぃぃ!!!!ガクガクブル(‘・c_・` ;))

ダイビングでした。

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終始無言だった、ような記憶しかない。

ただこの日を境に、私は変わった。

言葉だけが全てではない世界があった

自分の立っている場所がどんなに小さいのか。

そして海の大きさに、生物の生き方に、ダイビング中の自分の息の音や、海の中の静かさを知りました。

あれから約15年。母が伝えたかったものは伝わったよ!

母子家庭である私の母は、こんな私にまっすぐ向かってきました。

でも・・・大人になって娘が誕生、結婚・離婚を経験し徐々に分かってきたことです。

どんな子どもであっても、一生懸命関わることが一番大切なんだと気付きました。

だから大丈夫なんだ。

こんな私でも再び学校行けてます☆

娘がもし不登校になったら、そのままを受け止めたいと思っています。

そんな学校嫌いの私が「看護学校に行く」って言ったとき、母が一番驚いてました。

「あんたが学校いくの?!」って。(゚Д゚;)  

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