ずっと旦那を恨んでいました
ねちっこいタイプの性格なので「幸せな結婚生活を送れなかったのはあいつのせいだ」
「時間を返せ!養育費払え!」「悔しい!バカ」
って。とことん落ち込み、自分でもビックリするくらい恨み続けています。(笑)
だからといって誰かに愚痴れば、返ってくるのは
「もう離婚して〇年経ってるんだから、そろそろ許しなさい」
「子どもが居ることに感謝しなさい」「もう過去を振り返るのではなく前を向きなさい」
そんなこと分かってる・・❗️
分かってるけど、できない。最終的には自分の心の小ささにどんより、そのうち元旦那のはけ口は誰にも言えずに、憎しみは増すばかりになっていくばかり。「どうせ私が全部悪い」とそのうち闇の中へ葬ることになり、胸の内で悪口を何度もくりかえしイライラ。
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もくじ
看護実習に行って気持ちに変化がありました

こんなこと初めて!
現在、看護学校に通うシングルマザー。精神看護学実習で精神科病院へ行ったときのことです。
精神科領域は「心」。人はそれぞれ同じ物を見ても捉え方、考え方、想いが違ういます。
だからこそ相手を理解するのには、自分の頑固な考えを改めることや、自分の思考の傾向を知ることが大切です。私といえば、心のなかに腹黒い物を溜めていたため・・・まっさらな頭で考えることができず苦戦ばかりだったのかもしれません。
しかし、実習という避けては通れない道で偶然にも出会った患者さんから、私は今までになかった自分の無意識の感情を見つけることができました。
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実習では、患者さんの気持ちを理解するために自身の過去を振り返ることが多かったです。
その日も実習が終わり、帰宅途中の車の中。信号待ちでボケッ~としていた私は。ふと(むかつく)元旦那を思い出し・・・なんとなく、ほんとなんとなく・・・優しい気持ちで思い出す自分がいて、、、、そそそそして 「ありがとうって思うことも大切だなぁ」
って!えええええ〜〜〜!
そう思えたんです!!!こんなの初めてで自分でもビックリしました。
自分自身がケアされた
受け持ち患者のKさんと私の共通点
(個人情報につき一部変更しています。)
精神科に入院している女性60代の患者さんを受け持つことに。名前はKさん。
Kさんはご主人から精神的DV、身体的DVがあった方でした。それは十数年前に始まり、その頃から心療内科に通い睡眠薬や安定剤を飲んで過ごしている方でした。とっても辛かったんですね。
ある一件があり、「医療保護入院」となっているかたでした。
医療保護とは、精神障害の人を対象として入院形態の一つです。これは、入院の必要性が明白であると医師が判断したにも関わらず、本人から何らかの理由で同意が得られない場合に、保護者などから入院の同意を得て行うものです。
引用/LITALIKOの発達ナビ
※現在は「保護者」という表現ではなく、「家族」となっています。
Kさんから話を聞いていると、Kさんの主人と私の元旦那がダブリ、怒りがこみあげる。「うん。辛いですね。」の声をかけるのがやっとでした。
女がいつも我慢しなきゃならんなんて、ありえん。
なんて思いながら話を聞く日々。でも人の主人の文句いっちゃーいけないよね。しかも患者さんだし。私は話を聞くたびにkさんと一緒に気落ちし精神的に辛い実習でした。
受け持ち患者Kさんと私の相違点
今回の入院の元となったこと、こんなに苦しめられたご主人について会話していると
「でも、感謝しないとね」と。
え???と二度見した私。どうかしてるよ、この人。と思いました。
どうしてか尋ねると、「子どもにも恵まれた。それに主人は我が強いけど、とても芯のある人だよ。いろんな決断もしてきて、弱みもみせずきっと(主人は)辛かったんだよ。私も成長できた。」と。
「まじか・・・。苦しまされたのにそんな風に思うんだ・・・」と思いそして同時におどろきました。優しすぎるから自分の体壊すんだよ。うそだろぉ。
Kさんと接していても、暴力を振るった主人が悪いに決まってる・・Kさんは何も悪くない犠牲者なのに。としか思えなくて、Kさんの「感謝する」という言葉に戸惑い、質問するが空回りするばかり。
私は自分の感情で相手を傷つけるような人は、嫌い。人としてありえない。
Kさん理解不能
アセスメントとは、いわゆる「分析」のこと。「私はこの出来事をこう分析し、こう解釈しました。よってこの方に必要な看護はこれです。」という自分の考えを表すことです。
もはや理解不能になってしまったKさんのアセスメントとはもう無理ー!
感謝なんてあるか!バカヤロウ!〇ね!といった感情丸出しでいたので、Kさんが主人に対する感謝の気持ちに共感できません。理解するのは難しい。お手上げ・・・。と焦りは増す。
実際にこのときの私の記録を添削する看護教員から「〇〇さん(私)が混乱しているのが良く分かります」との指導をもらいました。w
私は自分とKさんを「同じ」とみていたために、Kさんの「感謝している」という言葉が受け入れきれず、混乱してしまったのではないかと感じました。そして、私は自分の思考の傾向を知ることが出来ました。
私は自分だったらこうしてほしい。
ああしてほしい。という気持ちが強いんだと。
そして、現実に向き合ったとき・・・確かに子どもが側に居ることはとても幸せなことです。(私が死ぬ気で産んだけどね!)そして、いい思いも悪い思いも含め成長できたのも事実。。(反面教師っていうやつ?)
Kさんの器の大きさに・・・現実的に考え感謝するべきことにハッと気付きました。
感謝するべきとこあるじゃないですか。。こんなに素直に過去を振り返ったのも初めての経験でした。
私は「感謝するべきこと」があると必然的に相手を許してしまいそうで、だから現実をみないように、避けていたんだと気付きました。認めたくなくて、認めたくなくて・・・認めてしまうと相手を許しているみたいで、、、負けた気がしてました。
人を許すことは、同時に自分を許すことにもなる。
この言葉の真相
「嫌いな相手を許すことで、自分も許すことになります。」と聞きますが意味がよく分かりませんでした。
許せない相手をなんで許さんといけないの?
しかも私悪いことしてないのに、何を許すわけ?と思っていました。
で、じっくり考えました。
これは私の受けもち患者のKさんが、じっくり考える機会を与えてくれましたと思います。だって以前の私なら、ここまで考えなかったから。
私の行き着いた答えは、最初に許す相手が「許せない人」ではなく、「自分」なら納得だという結論に。
相手を許すから自分が許されるのではなく、自分を許すから相手を許せる気持ちができるのだと思います。
だけど・・許すことは決して簡単なことではない
自分を許すことは、「憎たらしい旦那を選んだという自分を認めなれればなりません。」
それは、私にとって簡単なことではありません。今までづっと目をそらしていた部分でもあります。だって、嫌なんですから。
でも同時に、自分を許すことで・・・少しでも心が軽くなって前をむけるのではないだろうか。
そんな過去があるけど、わたしはわたし。それでいい。
苦しい自分に向き合い、病気を受け入れ、薬を飲み続けているKさんから学ぶ自分をみつめる大切さは私にとって離婚後の心の闇を開放してくれる関わりとなりました。
さいごに
精神科領域の患者さんって・・・・怖い?
答えは、いいえ。
心優しい方たちが多く、私自身の新たな進歩ができたのも精神科領域での学びと深く関っていると思います。
私も心新たに前進していきます。